2007年07月01日 感染症

「中間宿主と待機宿主」の話

「中間宿主と待機宿主」の話

  「食物連鎖」という言葉を聞かれたことはおありだろう。概念的には「食物網」に置き換わりつつあるようだが、下位のものを上位のものが捕食する、それをさらにその上位のものが捕食するという生態ピラミッドの話だ。そんな自然界の構図の中で、実際に下位のものとてやすやすと捕食されるわけではない。最後の力を振り絞って危機脱出を試みる。もちろんうまく逃げおおせる事も多いだろう。とすれば、捕食されるのは下位の動物の中でも特に弱いものということになる。幼弱なもの、足を痛めて速く走ることのできないもの、病気になって元気の無いものなどなど、捕食される側で病気になることはそのまま死を意味するのかもしれない。
  この連鎖にうまく乗っかり、種族を上手に保存・繁栄させる仕組みを進化させてきた生き物もいる。線虫類や条虫類などの寄生虫たちなのだ。

  ここで、専門用語を少し解説しておこう。寄生虫が寄生する相手のことを宿主(しゅくしゅ)と呼び、最終的に成虫が寄生し虫卵を排泄する宿主のことを終宿主(しゅうしゅくしゅ)、必ず経由しなければならない幼虫の住み着く相手を中間宿主(ちゅうかんしゅくしゅ)、必ずしも経由する必要は無いが幼虫が住み着くことのできる相手を待機宿主(たいきしゅくしゅ)と呼んでいる。なかなかこれだけの説明ではピンと来ていただくことはできないかもしれない。個々の寄生虫を例にとり話を進めよう。

  犬の寄生虫の代表といえば、回虫かもしれない。犬回虫卵は感染犬の糞便に排泄され、糞便を通じて、また感染犬の身づくろいによって被毛に付着し接触によって、未感染動物の口に入る。終宿主である犬の口に入った虫卵は幼虫となり体中の組織内を移行し、最終的に小腸内で成熟し、成虫となって虫卵を排泄するようになる。しかし、終宿主側も寄生虫の為すがままで済ませはしない。免疫を高め、移行中の幼虫が成熟できぬよう抵抗力を発揮する。そして、小腸内で成熟した成虫も寿命を迎え、最終的には、休眠した幼虫だけを持つ犬となる。その犬が妊娠・分娩へと進めば、休眠していた幼虫は免疫の及ばない胎児や乳汁中へと移行する。その子犬は、生まれながらに、または授乳時に回虫の幼虫を持つこととなり、幼犬になった頃には、小腸に大量の回虫成虫が寄生し、莫大な量の回虫卵を排泄し始めるのだ。このように、犬回虫は水平にも垂直にも感染を拡大する手立てを講じてはいるものの、終宿主と寄生虫の関係という意味では、お互いに相手を滅ぼさぬようほどほどの痛め付けあいの関係=痛み分け状態が保たれることになる。ところが、犬回虫卵が終宿主以外の動物の口に入った場合はどうだろうか。例えばネズミが回虫卵を含む犬のウンチをかじった場合、異なる動物種ということで感染が成立しない場合もある。しかし、上手に寄生に成功すれば幼虫となり、体内移行を始めるのだ。ところが、ネズミの体内では成熟できる環境がどこにも無く、延々と幼虫のまま体内移行を続けることになる。この犬回虫の幼虫をもつネズミが犬に捕食されればどうなるか。幼虫は犬の体内を移行し、小腸で成熟して回虫卵を排泄することになる。この場合のネズミの立場を待機宿主というのだ。回虫側の都合で言えば、この待機宿主のネズミの体調が崩れ、容易に犬に捕食されてくれれば子孫を増やすことに成功するわけで、体内移行によってネズミの体調を崩すことができれば大成功、ほどほどの痛めつけあいの理屈はいらない。待機宿主が滅びてこそわが身が浮かばれるという状況にある。わき道にそれてしまった寄生虫の捨て身戦略がそこにはある。

  エキノコックスという寄生虫の終宿主はキツネや犬で、感染動物は虫卵を糞便に排泄する。この糞便中の虫卵が環境中にばらまかれ、その虫卵を口にした動物が中間宿主であれば、その体内で幼虫へと成長するのだ。この場合、回虫と決定的にちがうのは、キツネや犬が虫卵を食べても全く感染は成立しない。何事も起きないということ。野ネズミなどの中間宿主の体内でのみ幼虫へと成長し、肝臓に寄生し、肝臓を破壊しながら増殖を続け、じわじわとしかし確実に中間宿主を弱らせる。そして、終宿主である犬やキツネに捕食してくださいと言わんばかりの状況を作り出す。そんな状況の野ネズミを終宿主が捕食すると幼虫は腸内で成虫となり、再び虫卵を排泄し始める。この場合の犬やキツネはほとんど症状が無く、元気に生活し、広い範囲にたくさんの虫卵をばら撒いて回る営業マン的役目を担っている。

  食物連鎖の中で、こんな風に回虫やエキノコックスは連鎖の仕組みに便乗し、累々と滅びずに子孫を残し続けている。なぜこの2つの寄生虫の話だったかはお気づきの方も多いはず。人は生物学的には、犬回虫の待機宿主、エキノコックスの中間宿主だからに他ならない。文明の進化とともに食物連鎖のループからはずれ、人が捕食される側だからという理屈は通用しなくなっても、太古の時代からの生物学的関係はおいそれとは崩れない。ならば、多くの種を絶滅に追いやり、莫大な絶滅危惧種を生み出している人類が、自らの悲惨な寄生虫疾患を克服できないはずは無い。寄生虫を絶滅に追い込んでも、それを非難する保護団体はないだろう。

  ヒトの犬や猫回虫症は内臓移行型や眼内移行型などいくつかの悲惨な症状を呈する。ヒトのエキノコックス症は10年以上もの期間をかけて肝臓を破壊し死を免れない。そして、これらの寄生虫病は家族の一員である動物たちから感染するかもしれないのだ。動物たちにはほとんど症状がなく、何の悪気も無い。さらに言えば、終宿主に寄生する寄生虫はいとも簡単に駆虫薬で退治できる。待機宿主や中間宿主に寄生する幼虫に有効な薬剤は今のところ見つかっていない。これらの状況を総合すれば動物たちが寄生虫に感染すれば即座に駆虫すればよいという結論に誰しもが到達する。ならば定期的に検便をすればよいのかというと、虫卵の排泄時期にドンピシャの検便がいつもできるとは限らない。定期的に駆虫薬を投与するという方法のほうがはるかに優れているというのが現実なのだ。いまは原虫を除くほとんどの寄生虫を1剤で確実に駆虫できるようになっており、飲み薬の苦手な猫には背中に滴下するスポットタイプの駆虫薬も利用可能だ。1年に数回の駆虫薬投与で安心できるのなら、何をためらうことがあるのだろうか。先進国中で駆虫薬使用量がぶっちぎりで最下位といわれる日本。定期的な駆虫薬の投与こそ、動物たちを悪者にしない唯一の方法と言えるだろう。

(文責:よしうち)

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