2007年08月01日 消化器

「嘔吐」の話

「嘔吐」の話

  当たり前と思っていることが、実はさまざまな人々の大変な努力とか、精緻なメカニズムなどによって、成り立っているということも多い。その当たり前が当たり前でなくなったときに初めて、当たり前の有難さが分かるのかもしれない。

  膵臓(すいぞう)は胃から十二指腸にかけてへばりつくように存在する細長い小さな臓器だ。その大半はタンパク分解酵素や脂肪分解酵素などの消化酵素を作る外分泌系の組織から成る。膵臓のところどころにはランゲルハンス島という小さい島状の別組織が散在しそこにあるベータ細胞がインシュリンを作っているのだが、今回の話は前者の外分泌系の話だ。
  動物の体はそのほとんどがタンパク質からできている。そして膵臓が作っているのは消化酵素でタンパク質を消化、分解して吸収できる形にするためのものだ。自分が作った消化酵素だから自分を消化しないというわけではない。そこには何重にも自己消化を防ぐための防御システムが施されているからなのだ。この防御システムに守られながら膵臓が作った消化酵素は、胃でこなれた食べ物が十二指腸に送り込まれるという信号をキャッチすると、膵管を通じて十二指腸に放出される。肝臓で作られた胆汁も放出され、消化酵素が効率よく食べ物を消化できるようpHが調節される。
  たまたまこの時に嘔吐などによって消化酵素が膵管を逆流してしまうと、自己消化を防ぐ防御システムがうまく働くことができず、逆流を受けた膵臓の一部に自己消化が起きてしまう。これが膵炎の始まりなのだ。
  膵臓の細胞内に閉じ込められている消化酵素が自己消化によって細胞の周囲にこぼれ、そのこぼれた消化酵素が隣の膵臓の細胞を消化し、そこからまた消化酵素がこぼれる。ビンゴ倒しのように一気に自己消化が周囲に広がっていくのだ。
  最初の逆流の程度や範囲によって自己消化の広がり方は変わってくるのだが、激しい場合には膵臓の周囲の脂肪までもが消化され、局所的な腹膜炎が起き、十二指腸は炎症によって蠕動が止まりガスがたまる。胆汁うっ滞による黄疸が起きることもある。この急激な炎症は心筋抑制因子や炎症メディエーターの放出によって全身に飛び火し、ショックやDICといった死と隣り合わせの全身症状を引き起こすこともある。
  体の中でこんな変化が起きるのだから、動物が普通の顔をしていられるわけがない。嘔吐はどんどん激しさを増し、腹膜炎が起きると猛烈な腹痛に見舞われ、背を丸め腹筋を引きつらせながら、繰り返し起きる嘔吐に翻弄され、虚脱し、激しい炎症に打ちひしがれる。
  ここまで激しい症状があれば誰の目にも膵炎なのだが、膵炎のごく初期や程度の軽い膵炎では、膵炎と診断するのが難しい。突然に始まる嘔吐が単なる胃腸炎によるものなのか、膵炎によるものなのか、血液検査をし、レントゲンを撮り、エコーで十二指腸を追いかける。浮腫を起こした膵臓がエコーで確認されれば膵炎と確定診断される。しかし、エコーで確認できない膵炎も多い。最近ではTLIやcPLI(Spec cPL)と呼ばれる膵炎でのみ上昇する指標が検査できるようになっている。膵炎の疑いがあれば検査し、高い確率で確定診断ができるのだ。重症の膵炎になる前に膵炎であることを確認できることは、獣医師にとっても、動物たちにとっても、なにより飼主の皆さんにとっても大いなる朗報といえるだろう。なぜなら、膵炎の治療の基本は膵臓を休ませること。絶飲食をし水分と電解質を補い強力に支持療法を押し進める。程度の軽い膵炎ではタンパク分解酵素阻害薬にも大いに期待が持てるからなのだ。
  動物ならたまには食べすぎ、変わったおやつをもらい、吐きもどすこともあるだろう。でも、そのあといつもと様子がちがうようなら、お腹の中の緊急事態のことも頭の片隅に想定しておいていただきたい。自分の消化酵素で自分が消化されないのは当たり前かもしれないが、時にはその当たり前がそうではないこともあるのだから。

(文責:よしうち)


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