2007年11月01日 歯科繁殖学

「二重歯列」と「停留睾丸」の話

「二重歯列」と「停留睾丸」の話

 ―あるはずのものが、無い―
「リモコンはここに立てとくって約束やン。」とお父さんが叱られている。「どこに置いたンよ。見たい番組始まるやン。」これはどこの家庭にでも見られる光景だろう。
―無いはずのものが、ある―
「早よ探してや」といいながらドサンと座った座布団の下に硬いものがあった。「痛っー!」「お尻に穴あくやン、こんなところにリモコン置いて。」たいてい、結末はこんなものだろう。いや、微笑ましいと言うべきか。
 体の中で起きる「Absence/Presence」の問題も、このように微笑ましい結末を迎えられればよいのだが。

 次のカルテはと手に取ると、ポメラニアンのピーちゃん7ヶ月令、オス。歯が2重に生えているとメモ書きがある。さっそく診察室に入ってもらう。
 「歯ですね?」と水を向けると、
 「はい、サメのように歯が2重に生えてるんです。」と、お母さん。
ピーちゃんの唇を開き、口を開け、乳歯の遺残の度合いをチェックしながら、
 「2重歯列というのですが、乳歯が抜けずにそのとなりに永久歯が並んで生えてきてしまったのですね。」
 「ポメラニアンはとても多くて、自然には抜けてくれない場合も多いですね。特に犬歯は歯根が深いですから、抜歯が必要でしょう。」
 「この少し太くてまっすぐな方が永久犬歯で、その後ろの細くてカーブしている方が乳歯の犬歯です。4本ともしっかり残ってますよね。」と、指差しながら説明する。
 「残念ながら、人のように局部麻酔で抜歯というわけには行きませんので、全身麻酔が必要です。」と続けると、
 「えー、そうなんですか?」とお母さん。
 「口の痛みをとっても、決してじっとはしてくれないですから仕方がないんですよね。」と、多少は言い訳がましいかもしれないが、実は切実なのだと言うことを理解していただく。
 「で、抜歯だけで全身麻酔というのも隣町まで飛行機で行くようなものですから、去勢手術などと同時に行なわせていただくことが多いのですよ。」とさらに説明を続ける。

 去勢手術の必要性(ニュータードとインタクト 参照)などを説明しながらそっとピーちゃんの陰嚢に手を伸ばすと、あれま、片側陰睾。これは去勢手術をせざるを得ないと、説明の方向性を修正する。
 「お母さん、ピーちゃんのタマタマって2つあります?」と、問うと、
 「えっ!?」というような表情のお母さん。
 「俗にカタキンと呼ばれるような、片側の停留睾丸ですね。下品な説明で申し訳ありません。」と切り出し、停留睾丸についての説明を始めた。

 雄の胎児の睾丸は妊娠期間中にはまだ胎児のお腹の中にあって、鼠径管と呼ばれる股の付け根にある開口部を通り抜け陰嚢の中に降りてくる。一般的に両側の睾丸は生まれて間もなく陰嚢の中に下降するのだが、時には5〜6か月齢まで下降が完了しないこともある。それ以降は下降を期待することはできない。
 うまく下降することのできない睾丸を停留睾丸と呼び、片方だけのことも両側のこともあるのだが、両側とも下降していない場合は通常不妊で、片側だけが下降しない雄には生殖能力がある。この停留睾丸は小型犬やトイ犬種に多い。
 停留する部位はお腹の中から陰嚢の手前まで幅があり、部位によって腹腔内陰睾、鼠径陰睾と呼ぶこともある。
 停留睾丸であってもなくても、繁殖しようという予定がないのであれば、去勢手術が推奨されることは先ほどの説明の通りなのだが、繁殖の予定があるとしても停留睾丸が遺伝性であることや、睾丸腫瘍の発生率が下降した睾丸の14倍もあることから、より去勢手術の必要性が高い。犬の睾丸腫瘍はセルトリ細胞腫、間質細胞腫、精上皮腫の3種類で、全体の40%を間質細胞腫が占める。間質細胞腫を除いた残る2つの腫瘍の5〜10%に転移の報告があり、決して安全ではないのだ。鼠径陰睾は通常の去勢手術とほぼ同様の手順で手術できるが、腹腔内陰睾は開腹の必要がある。手術を急ぐ必要はないのだが、5〜6歳のがん年齢になるまでには去勢手術を済ませるべきで、なぜなら睾丸の腫瘍の半分以上が触診で知ることが出来ず、腫瘍化すればあわてて去勢すればよいというものではないからなのだ。

 幸いにピーちゃんの停留睾丸は鼠経部にあり、開腹の必要はなくほとんど通常の手順で去勢を実施することが出来る。

 こんな説明をし、乳歯の抜歯は歯列や永久歯への悪影響を考えて早めに実施するのが良いこと、去勢手術は6ヶ月令から実施していることなどをお話した。

 「十分な説明ありがとうございました。主人にも話した上で手術の予約をとらせていただきます。」とスッキリしたという顔でお母さん。
 「乳歯が残っていると聞いて、憎らしい乳歯と思いましたが、そのお陰で停留睾丸が見つかって、何だか乳歯君ありがとうっていう感じです。」

 なるほど、ないはずのものがあって困ったもんだと思ったら、あるはずのものがないことがわかって、まとめて解決しましょうということになったわけで、微笑ましいかどうかは別にして、災い転じて福と為す。一石二鳥の良い結末を迎えることができたのだから、ねっ、ピーちゃん。

(文責:よしうち)


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