2008年01月01日 腫瘍学

「下顎」の話

「下顎」の話

 新年明けましておめでとうございます。今年も本欄をよろしくお願いいたします。
ここ何年も年頭に思い浮かべる言葉は同じです。例のロシアの諺なのですが、懲りずに今年も自分を戒めるために記しておこうと思います。「100年生き、100年学び、馬鹿のまま。」今年も常に謙虚にひたむきに、1日1日を過ごしてゆきたいと思います。

 今月も12月に引き続き「出もの腫れもの、処嫌わず。」の話なのだが、さて、最悪の腫れものといえば何だろうか。真っ先に思いつくのがメラノーマ=悪性黒色腫だ。メラニン産生細胞由来の腫瘍なのだが、とにかくお行儀が悪い。体のいたるところに転移し、ごく短期間に人や動物を死に至らしめる。大学の獣医病理学研究室にいた頃、コッカースパニエルの剖検を担当したことがある。すべての臓器に解剖刀で割面を入れるのだが、小豆入りの猫餅を包丁で切るときのように、どの割面にも黒い丸い断面がある。肺、肝臓、心臓は言うに及ばず、脳や脊髄、副腎に至るまで、転移していない場所がないのだ。さらにアメラノティックメラノーマ=無色素性黒色腫と呼ばれる色素の少ないメラノーマは一見してもメラノーマとは思えない顔立ちなのだが悪性度はひじょうに高く、行儀が悪いばかりでなくタチも悪い。このメラノーマ、犬の口腔腫瘍としては最もポピュラーであり、猫でも3番目にランクされるのだ。

 口腔の腫瘍の治療計画は、存在する腫瘍のタイプ、侵されている組織の部位と範囲、そして飼主のコンプライアンスを考慮しなければならない。外科的切除が可能であれば、一般にその結果は飼主に受け入れられるものであり、動物の苦痛も軽快する。機能的口腔構造を維持しつつ可能な限り腫瘍塊を切除しなければならない。軟口蓋、硬口蓋、下顎の腫瘍は外科的に治療できることが多く、上顎の骨構造に浸潤した腫瘍や咽頭部まで深く浸潤している腫瘍は外科的治療が不可能なことが多い。

 メラノーマの場合、予後の悪さはほとんど避けようがない。しかしそうだからといって外科的な介入をためらえば、腫瘍の浸潤によって大きな苦痛を伴い、悪臭と醜い姿に悩まされることになる。転移巣の増大と採食困難による衰弱によって命が脅かされるまでの間、只々「忍」の一字というのではあまりにも無惨だろう。残された時間を可能な限り苦痛なく過ごし、食事もとれ、家族との最後の思い出をつくれるように、切除が可能なサイズのうちに躊躇なく外科的治療に入るのが良い。特に下顎の切除は、説明を聞くと尻込みしたくなるかもしれないが、満足すべき結果が得られる手術といえる。

 少し下顎のことを考えてみよう。現代人の顎の骨格は食生活の変化からそしゃくをあまりしなくなり、どんどんシャープになってきている。いわゆるエラがはっていないのだ。犬たちも近い未来にはドッグフードのせいで下顎の発達の悪い骨格に変化していく可能性を否定はできないが、現代の犬たちはまだまだ本来の骨格を保っており、獲物に喰らいつき、倒し、骨から肉を引きちぎり空腹を満たすという、いわば下顎に生活のすべてを依存した骨格を維持しているのだ。その下顎に腫瘍ができたら、そしてそれがメラノーマだったら、躊躇無しに下顎の切除を選択すべきだ。なぜなら、獲物に喰らいつき、倒し、骨から肉を引きちぎる必要のない現代の犬たち、食べやすいものを食べ、水が飲めれば、十分に質の良い生活が送れるからだ。相当に大きな部分を切除しても、うまく適応し、上手にものを食べられる。

  アグレッシブな治療には、獣医師にも飼主にも、大きな決断が必要だ。だからこそ、当の動物たちの幸福を、そして飼主としての幸福を、真摯に見つめ考えなければならないのだと思う。自分たちの仕事が、ときに下顎骨を前3分の1ほども切除するような動物たちの体を傷つけることであっても、それが人と動物の絆のために必要なことだと信じるからこそ、強い意志を持って手術を成功させられるのだから。
(文責:よしうち)

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