2008年02月01日 感染症血液学

「伝貧」の話

「伝貧」の話

 一口に微生物といっても漠然としてなかなかピンと来ないものだ。最も感覚的に理解できるのが、細菌だろうか。バイ菌が傷から入って化膿したなどなど、とても馴染みがある微生物だ。その次に馴染みがあるのがウイルスだろう。インフルエンザやエイズなどウイルスそのものについての馴染みはなくとも、ウイルスによって引き起こされる病気は少しも珍しいものではない。これら微生物も、われわれ哺乳類同様いやそれよりも遥かに種類も多く多様性に富んでいる。
 例えば普通の細菌は細胞壁を持っているのだが、マイコプラズマという微生物は細胞壁を持たない。共に真性細菌の仲間なのだが、細胞壁の有無によって区別される。普通の細菌であればその形状によって、球菌や桿菌の区別があるのだが、マイコプラズマは細胞壁がないため決まった形を持たず不定形なのだ。
 その細菌よりも小さいのだがウイルスよりは大きいという微生物にリケッチアがある。このリケッチアも真性細菌の仲間なのだがウイルスと同じように単独では増殖できず、細胞内寄生によって増殖する。ウイルスと決定的に違うのは自前のエネルギー産生系を持っていることだ。

 最近、遺伝子解析によってその分類が変更された微生物がある。昔の名前はヘモバルトネラ(Hemobartonella felis)、新しい名前はヘモプラズマ(Mycoplasma haemofelis)だ。リケッチアの仲間と思われていたものが、遺伝子の解析によりマイコプラズマの仲間と判明した。このヘモプラズマ、いわゆる猫の伝染性の貧血の病原体で、赤血球の膜表面に取り付き、生活している。取り付かれた赤血球は異常を来たして脾臓で捕捉され破壊されるか、免疫の攻撃対象となって破壊されていく。溶血性貧血だ。一方、体は酸素運搬役の赤血球が激減して低酸素症を起こすため、それに対抗して造血を開始する。新たな赤血球を必死で作るのだ。赤血球の再生と破壊がしのぎを削り、いずれかに軍配が上がることも、また、拮抗することもある。破壊が勝れば命が脅かされ、破壊が下火になれば回復へと向かう。免疫系が良くも悪くも鍵を握っていると言える。
治療にはテトラサイクリンやエンロフロキサシンが用いられ、重度な貧血には輸血が必要なこともある。問題は回復してもその猫がヘモプラズマの保有動物になっていることだ。再発はそう多くはないが、感染源であることに変わりはない。
このヘモプラズマ保有動物から健康な猫へ、ノミが媒介しているとも、咬傷によって直接感染するとも言われているが、詳細は解明されていない。
さらに猫白血病ウイルス感染症(FeLV)陽性猫にこのヘモプラズマ陽性の猫が多く、重症度も高いことから、診断時にはFeLVのチェックも不可欠だ。逆説的には、戸外へ出る可能性のある猫はFeLVのワクチン接種とノミ予防が必須事項とも言えるだろう。

この伝染性の貧血、猫にしかないのかというと否なのだ。犬にはバベシア症があり、日本ではBabesia gibsoni(沖縄ではBabesia canisも)という原虫の仲間によって引き起こされる。マダニによって媒介され、猫同様、溶血性貧血によって深刻な状況に陥ることも多い。ジミナゼンアセチレートが数少ない効果の期待できる薬剤だが、その副作用は悩みの種となる。軽症例ではクリンダマイシンも選択薬の一つといえる。マダニの生息する野山へでかけるときは、ダニ予防が大切だ。

 このような伝染性の貧血はその分布を世界的に見れば、あらゆる哺乳類になんらかの血液に寄生する病原体が存在し、哺乳類の進化の過程でなんとか血液中からその寄生体を駆逐しようと免疫系がもがいている姿が読み取れる。
医学的には細菌に対する抗生剤のようにスパッと効果を期待できるような治療薬はなく、少なくとも人とともに暮らす犬猫たちでは、彼らの赤血球に寄生する病原体の特性を知り、感染を避けることが賢明と言える。

  伝説のドラキュラは実は体の内にあって免疫系をかいくぐり、宿主を生かさず殺さず己のみが永らえる変幻自在のゴーストなのだから。
(文責:よしうち)


記事の執筆者

南大阪動物医療センター 院長 吉内 龍策
山口大学農学部獣医学科卒業。1980年に当施設の前身となる「吉内動物病院」を開院。1992年に設備を拡張新設し、「南大阪動物医療センター」と改称する。

(公社)日本動物病院協会 副会長
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