「猫の糖尿病治療は先ず飲み薬で」猫の糖尿病の話
糖尿病の糖はグルコースのこと、ブドウ糖のことです。私たちが毎日ご飯やパン、麺類などを食べることで、体の中に炭水化物が取り込まれます。この炭水化物は、体の中で消化・吸収されグルコースへと分解されます。
車がガソリンをエネルギーとして走るように、私たちの体はグルコースをエネルギーとして、心臓を動かしたり、体温を維持したり、考えたり、体を動かしたりしています。グルコースは私たちが生きていく上でなくてはならない糖なのです。
グルコースは血液によって体中の細胞へと運ばれます。細胞内には、まるで小さな発電所のようにエネルギーを作り出す器官=ミトコンドリアが存在します。ミトコンドリアのマトリックスにはクエン酸回路があり、グルコースを解糖して細胞内のエネルギーの元となるATPを作り出すのです。
血液中にあるグルコースを細胞内に取り込むために、細胞の内外を隔てる細胞膜を通過させるグルコース輸送体(GLUT)と呼ばれる膜輸送タンパク質が機能する必要があります。
GLUTには14種類の型(アイソフォーム)があり、それぞれに特色のある役割を果たしています。上図は骨格筋にみられるGLUT4の模式図です。
このGLUT4は他のグルコース輸送体と異なり、最初から細胞膜に発現しているわけではなく、インスリンまたは筋収縮の刺激により細胞内から細胞膜に移行します。インスリンと筋収縮は異なる細胞内情報伝達を介してGLUT4を細胞膜に発現させるので、インスリン抵抗性のある場合でも運動療法が有効な根拠となっています。筋収縮によるGLUT4の細胞膜移行には筋細胞内のAMPキナーゼという酵素が関与しています。
全身の細胞に安定的にグルコースを供給するために、血液に含まれるグルコースの量(血糖値)は一定になるよう巧みに調節されています。細胞内へのグルコースの取り込みを増やして血糖を下げるホルモンはインスリンただ一つです。反対に、血糖を上げるホルモンにはグルカゴンやアドレナリン、コルチゾール、女性ホルモンなど多くのホルモンがあります。また、インクレチンと呼ばれる、栄養素の摂取により消化管から分泌されインスリン分泌を促進する消化管ホルモンも近年注目されています。
このインスリンの働きが低下し、慢性的な高血糖を呈する状態を糖尿病と呼んでいます。
インスリン分泌の枯渇がⅠ型糖尿病、インスリン分泌能力はあるがインスリンの作用が低下 (インスリン抵抗性)するのがⅡ型糖尿病です。
近年、神経細胞もインスリンを分泌することが分かり、脳内でインスリン抵抗性が発現すると過剰に分泌されたインスリンがβ-アミロイドの分解を妨げ、アルツハイマー病を発症すると考えられていることから、人では、アルツハイマー病がⅢ型糖尿病と解釈されるようになってきています。
Ⅱ型糖尿病は食べすぎや運動不足などの生活習慣が関係している場合が多く、日本人の糖尿病の95%以上はこのタイプといわれています。
犬や猫の糖尿病の場合、犬はⅠ型、猫はⅡ型に近いものが多いとされています。犬の場合メスのほうが多く、猫ではオスに多く発生します。
Ⅰ型はインスリン依存型とも呼ばれ、絶対的なインスリンの不足で、治療にはインスリンの投与が必要となります。
一方、Ⅱ型はインスリン非依存型とも呼ばれ、肝臓や筋肉などの細胞のインスリンに対する反応が鈍くなり、インスリンが効きにくくなるために、糖の取り込みが低下して起こります。安静時のインスリン濃度は正常値だったり、むしろ上昇したりします。そのため、治療には必ずしもインスリンの投与を必要としません。
そこで、猫に多いとされるⅡ型糖尿病をどう治療していくかということになります。
ここで2024年1月の本コラム「ネコの尿比重はビーズに教えてもらう」慢性腎臓病の話 を思い出してください。尿の生成の過程で体に必要なナトリウムやグルコースはそのまま排泄してしまわないように、尿細管で尿細管周囲毛細血管に吸い上げる仕事=再吸収が行われます。というお話をしました。
その再吸収を詳しく見てみると、SGLT(sodium glucose cotransporter)-2がグルコースの再吸収の90%を担っていることが分かります。
SGLTとはナトリウム(Na+)とグルコースを同時に輸送する共役型輸送体のこと。GLUTと似ていますが、細胞外のNa+濃度が高いことを利用して細胞外からNa+とグルコースを同時に取り込むという点が異なります。
現在SGLTのサブフォームは6つ同定されていますが、注目されているのは、SGLT-1とSGLT-2の2つです。
Ⅱ型糖尿病ではSGLT-2の発現量が上がり、腎臓でのグルコースの再吸収が増えていることが知られています。
そこで登場したのが、SGLT-2阻害薬ということなのです。グルコースの再吸収を抑制し、高血糖の軽減が見込まれます。
問題がないわけではありません。多くの猫の糖尿病はⅡ型ですが、10%程度と推測されるⅠ型糖尿病では内因性インスリンが枯渇していますから、何の解決にもなりません。
絶対的なインスリン不足のある猫にSGLT-2阻害薬を与え続ければ、ケトアシドーシスを起こして状態が悪くなってしまいます。
残念ながら国内では猫の血中インスリン濃度の測定はできませんので、SGLT-2阻害薬を与え始めた2週間は定期的にケトン尿の有無のチェックが必要になりますし、すでにケトン尿症のある猫にはSGLT-2阻害薬を与えるべきではありません。
いずれにしても、猫の糖尿病治療にシロップの内服という選択肢ができたことは喜ばしいことです。
「1日2回のインスリン注射と1日1回の飲み薬とどちらが良いですか?」と問えば、
「飲み薬!」という答えが返ってくることは間違いニャイ(=^・^=)のですから。
(文責 吉内)
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