2012年8月1日
感染症
「はしごを外す」の話
世の中には様々なタイプの方がおられる。以下のAタイプ、Bタイプの人はどんなことに気をつければ良いかを考えて頂きたい。
J. Vet. Med. Sci., 72:1051-1056, 2010.より一部改変
FIVワクチン販売中止を受けて、考えるべきことはあまりにも多いけれど、ワクチンを必要としている猫たちにかける言葉は一言も見つからない。一体「はしごを外した」のは誰なのだろうか。
これは、東洋大学経営学部経営学科准教授・小島貴子 先生の「小島貴子のキャリア・ビタミン」というページから抜粋させていただいたものだが、「はしごを外されない」ための対処術という項で、Aがはしごを外されやすい人、Bがはしごを外す人なのだそうだ。Aタイプの人は物事が順調な時こそ様々なことを見直し、Bタイプの人に、はしごを外されないようにするのが大切ということらしい。
話は全く変わるが、鹿児島大学獣医内科教授・遠藤泰之先生が猫感染症研究会で公表されているFIVについての調査結果を見て頂きたい。(以下抜粋)
現在FIV感染症は、日本を含めたアジア各国、北米、南米、ヨーロッパ、オセアニアなど、世界各地で報告されている。感染率は各地域ならびに国ごと、あるいは検索時期によっても異なるが、全体として約1割程度と言われている。日本においては、1987年に収集された猫の血液サンプルにおけるFIV陽性率は28.9%であったと報告され、その後1994年から1999年に17道府県で調査された猫におけるFIV陽性率は9.8%だったという結果が示されている。
猫の飼育形態は感染するリスクを左右する要因のひとつである。屋内と野外を自由に行き来する猫の感染率は15〜30%と高いことが知られており、屋外に出ることのできる猫の感染危険率は屋内猫のそれに比べ、20倍高いことが報告されている。また感染率に関して性差もあり、雄猫は雌猫に比べ感染猫の割合が2倍以上多い。
そこで我々は全国47都道府県に位置する動物病院の協力を得て、2008年に最低週に1回は屋外に行く1,770頭の猫より採集された血液材料をもとに血清学的なFIVの蔓延状況を調査するとともに、サブタイプ別の分布についても分子生物学的に解析した。その結果、23.2%(410頭/1,770頭)の猫が血中抗FIV抗体陽性を示した。サブタイプの解析では過去の報告と同様にA、B、C、D、4つのサブタイプのFIVが確認された。これまで我が国ではサブタイプCのFIVはのべ2例しか報告されていなかったが、今回の調査では中部地方に多いことが明らかとなった(図3)。
J. Vet. Med. Sci., 72:1051-1056, 2010.より一部改変
この状況に対し、「フェロバックスFIV」という商品名で猫免疫不全ウイルス感染症不活化ワクチンが2007年6月20日に承認され、翌年販売が開始された。 (その当時の本コラムのバックナンバーを参照されたい。→ (Sep’08 )「FIVワクチン」の話)
なのに一体どうしたことなのだろう、FIVワクチンが販売不振を理由に2012年7月現在の在庫限りで販売を打ち切るというのだ。
販売不振の理由はいくつか考えられる。接種前の感染有無の検査や3週間隔での3回接種、他のワクチンとの同時接種不可など、接種の煩雑さや費用の問題、室外へ出る出ないというライフスタイルで接種の必要性に差があることなど、猫オーナーにとって接種モチベーションを上げるにはハードルが高いことは確かだ。
またそれを啓発する立場の獣医師にとっても、それらをご理解頂くことの困難さや、接種率の問題が存在する。日本国内における家庭飼育動物のワクチン接種率に関する明確な統計はない。しかし、欧米と比較して明らかに接種率が低いことは間違いない。各ワクチンメーカーのワクチン出荷量と国内飼育動物頭数統計の比較から推測することができる。70%が蔓延防止の目安である狂犬病ワクチンですら45%前後と推定され、犬のジステンパーなどの多価ワクチンは70〜80%の成犬で未接種、猫ではさらに接種率が低い。
確かに、理由は何であれ接種頭数が少なければワクチン販売量は低迷し、製薬会社としても利益につながらないものは販売したくはないだろう。
だからと言ってその市場原理のみでワクチンを必要とする猫たちの接種機会を根絶してしまって良いはずはない。われわれ獣医師がワクチン接種を啓発していくという使命を果たす余地すら断たれてしまうのだ。
何をどう考えれば良いのか頭が混乱してしまいそうだが、NHK人気番組「白熱教室」でのハーバード大学のマイケル・サンデル先生の言葉を今一度かみしめてみたい。
多くの民主主義、資本主義社会で見られることですが、この30年の間、徐々に世の中が「市場経済」から 「市場社会」に移り変わってきています。米国もそうですし、イギリスでも、欧州のいくつかの国でもそうです。
私が言いたいのは、市場経済と市場社会を区別しなくてはならないということです。違いはこうです。市場経済というのは、効果的な生産活動を運営するに当たって非常に効果的なひとつの手段です。世界中の国に繁栄や富をもたらし、経済も成長してきています。
一方、市場社会というのは、生活の隅々までお金や市場的価値が浸透し、全ての物が売り買いされてしまう社会のことです。人々の生活や市民生活、公の場での生活、どこでも売り買いできるものばかりが商品化されています。
ですから市場の問題は、経済だけの論理や課題ではありません。われわれがどういう生き方をしたいのかにも関わってくるということです。何が市場の適切な役割なのか、われわれは議論しなくてはなりません。
われわれが大事だと思う社会的な財は何なのでしょうか。教育、健康、対人関係、市民社会、町の名前、市民としての本質。こういったことを公に議論していくことが必要です。
市場という問題は、究極的には私たちが「どうやって一緒に生活を送っていきたいのか」「どういう生活を送りたいのか」、私たちが暮らす社会として、何もかもが売り買いの対象となる世界に暮らしたいのか、それとも道徳的あるいは市民的なものとして、市場では評価できない、お金では売り買いできないものがある社会の方がいいのか、ということです。
(マイケル・サンデル)
私が言いたいのは、市場経済と市場社会を区別しなくてはならないということです。違いはこうです。市場経済というのは、効果的な生産活動を運営するに当たって非常に効果的なひとつの手段です。世界中の国に繁栄や富をもたらし、経済も成長してきています。
一方、市場社会というのは、生活の隅々までお金や市場的価値が浸透し、全ての物が売り買いされてしまう社会のことです。人々の生活や市民生活、公の場での生活、どこでも売り買いできるものばかりが商品化されています。
ですから市場の問題は、経済だけの論理や課題ではありません。われわれがどういう生き方をしたいのかにも関わってくるということです。何が市場の適切な役割なのか、われわれは議論しなくてはなりません。
われわれが大事だと思う社会的な財は何なのでしょうか。教育、健康、対人関係、市民社会、町の名前、市民としての本質。こういったことを公に議論していくことが必要です。
市場という問題は、究極的には私たちが「どうやって一緒に生活を送っていきたいのか」「どういう生活を送りたいのか」、私たちが暮らす社会として、何もかもが売り買いの対象となる世界に暮らしたいのか、それとも道徳的あるいは市民的なものとして、市場では評価できない、お金では売り買いできないものがある社会の方がいいのか、ということです。
(マイケル・サンデル)
(文責:よしうち)
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