眼科

再び「睫毛」の話

再び「睫毛」の話

 「睫毛(まつげ)」の話が本欄にあったことを覚えておいででしょうか。<睫毛乱生/( Dec’12)「睫毛」の話)>。その中で、「睫毛」には埃(ほこり)などの異物が眼の中に入るのを防ぐ役割があり、また、接触を敏感に感知する機能によって反射的に眼瞼(まぶた)を閉じ、眼球を守るのに役立つというような、「睫毛の働き」について解説させていただきました。

 世の中には、とことん追求しなければ気が済まない人たちがいるもので、本年の2月25日に、米ジョージア工科大学(Georgia Institute of Technology)の研究チームが、「なぜ睫毛はあるのか―これこそが正解」という論文を発表したのです。

 それによると、空気中に浮遊する微粒子、細菌、ウイルス、ダニなどから目を保護するために、「睫毛」は目の周囲の気流の向きを変えていることを発見。さらに、研究チームは、「睫毛」の別の働きとして、眼球表面の保護膜=涙膜(粘液、水、油の三層から成る涙の膜)が乾燥することを防ぐ効果を挙げています。詳細な小型風洞実験の結果、「睫毛」は気流を眼から離れた方向に変えて水の蒸発を防ぎ、微粒子の進路をそらしていることを突き止めたのです。「睫毛は、涙の蒸発と微粒子の蓄積を最大50%減少させる」と研究チームは説明しています。



 この実験結果は、「睫毛」が少ない人ほど、いわゆるドライアイに起因する眼の感染症にかかるリスクが高くなるとの医学的所見の裏付けとなります。また、「つけまつげ」について、「ドライアイ」に対抗する武器になる可能性があるとも示唆しているのです。

 また、別の研究では、アレルギーのある子どもは、そうでない子どもに比べ、「睫毛」が約10%長く濃いことが判明しています。これは、眼瞼にある特殊な細胞が刺激物に反応し、眼を保護する毛の成長を促す「プロスタグランジン」と呼ばれる化合物を放出するためだと考えられています。

 研究チームはさらに「睫毛」の謎に迫るため、ヤマアラシから人間まで、哺乳類22種の「睫毛」の長さを測定しました。その結果、「睫毛」の長さは22種の哺乳類すべてで、眼の幅の約3分の1であることが分かりました。これは、視界をさえぎることなく、眼に当たる気流を最小限に抑えるために最適化された長さになっているというのです。埃の多い乾燥した環境に対処するため、「睫毛」が多層状になっているキリンなどの動物種の場合にも、この規則は当てはまっていたとのことです。

 ここで、新たな疑問です。この工学系の研究に対して、前出の<睫毛乱生/( Dec’12)「睫毛」の話 )>にも書かせていただいたセベリン(獣医眼科学の権威)の「獣医眼科学」書にある記載と、矛盾はないのでしょうか。「イヌ:上眼瞼にあり、下眼瞼にない。ネコ:発達が悪く、本当の睫毛ではない。ウマ、ウシ、ヒツジ、ラクダ:上眼瞼に多く、下眼瞼に少ない。」 いずれも微妙な感じですが、気流を最小限に抑えるために最適化された長さになっているという規則には当てはまっているのかもしれません。

 しかし、2年前に話題になったギネス記録のワンちゃんはどうなのでしょう。2013年3月24日、日本から犬のギネス世界記録が誕生しました。

 どんなものかというと、その記録のタイトルは、「犬の最も長い睫毛(Longest eyelash on a dog)」です。この記録の保持者は、東京在住のオーストラリアン・ラブラドゥードル、 名前は、ランマル、性別はメスです。 ではさて、その睫毛の長さはというと、左目の上からスーッと伸びて15cmにもなります。


オーストラリアン・ラブラドゥードルは、社交的で賢く、人懐っこく、つぶらな瞳で優しい表情を持つ犬種です。その名のとおり、ラブラドール・レトリーバーとプードルの組み合わせで、アレルギーを持つ人のパートナーとしてこの世に生をうけました。アレルギーフレンドリーな犬種を作出するべく、賢く訓練能力の高いラブラドール・レトリーバーと、抜け毛の少ないスタンダード・プードルの交配が試行され、誕生した犬種です。

アレルゲンを寄せ付けないために伸びる「睫毛」。犬アレルギーの人の介助のために産み出されたラブラドゥードル。そのラブラドゥードルの「睫毛」の長さがギネス世界記録だという妙な符合に、工学的な論理性を凌駕する、生き物の不思議さや、人と動物の絆の奥深さを感じ、嬉しくなってしまったのでした。 
(文責:よしうち)


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