2016年6月1日
人と動物の関係学
「ヒトの起源、イヌ・ネコの起源」の話
生物の進化やその起源を知る方法として、化石の発掘など考古学的な検証による方法がまず頭に浮かびますが、1990年代から分子進化が研究され始め、遺伝子研究のゲノムプロジェクトや木村資生先生の遺伝子の中立進化論に基礎を置いた分子系統学が注目を集めるようになりました。
分子系統学では、DNAの塩基置換が盛んな部分の遺伝子に着目し、塩基配列を生物間で比較する方法から、現在の、単純に一部の配列を比較するだけでなくゲノム全体の構造を比較することにより進化の具体的様相を明らかにしようとする比較ゲノミクスまで、日進月歩で研究が盛んになってきています。
わたしたち人類はどんな進化を遂げてきたのでしょう。最古の人類化石は440万年前のラミダス猿人で、その後、400万年から300万年前の東アフリカにアファール猿人(アウストラロピテクス・アファレンシス)が出現しました。そして、約230万年前にホモ・ハビリスと呼ばれる、猿人と後の原人の中間段階の系統が出現しました。この系統はさらに発達し、約160万年前に出現した原人(ホモ・エレクタス)に至ります。ホモ・エレクタスの系統は、最初の脱アフリカを試み、アジアに展開したのが北京原人(シナントロプス・ペキネンシス)やジャワ原人(ピテカントロプス・エレクタス)です。そして人類進化の最後の舞台に登場したのが、ホモ・サピエンスで、旧人と呼ばれるネアンデルタール人(ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス)は、ヨーロッパ型のホモ・エレクタスの末裔と考えられています。そして現在地球上にいるすべての現代人は、新人と呼ばれるホモ・サピエンス・サピエンスなのです。
ミトコンドリアDNAの中で塩基置換が頻繁に見られる領域(Dループ領域)における塩基置換数(遺伝距離)とそれぞれの置換速度に基づいて、現代人の共通祖先の分岐年代(T1)を算出すると、この共通祖先の年代は14万3千±1万8千年前と推定されました。また、ヨーロッパ人と日本人の共通祖先の年代(T2)は、7万±1万3千年前でした。
宝来聰著「DNA人類進化学」(岩波科学ライブラリー52)より引用
それでは、犬たち、猫たちはどんな進化を経てきたのでしょうか。イヌ、ネコなどの食肉目の祖先として、現生のイタチやテンのような形態のミアキスが出現したのは、6000万年前ごろとされています。3800万年前のヘスペロキオンを経て、約1500万年前には北米にトマークタスが出現し、これがイヌ科の直接の祖先であると考えられています。一方、ミアキスの特性に近いまま進化し、3000万年前のプロアイルルス、1800万年前のシザイルルスを経て現在の姿に進化した種がネコ科とされています。
イヌの起源について、2015年12月15日付けの科学誌「セル・リサーチ」に、オオカミ・イヌ計58頭のすべてのゲノム配列を解読する研究の成果が発表されました。研究を行ったのは、中国科学院のヤーピン・ジャン氏とスウェーデン王立工科大学のピーター・サボライネン氏が率いる国際チームで、彼らの発表によると、イヌが2つの段階を経て家畜化されたことが明らかになりました。最初の段階(オオカミからイヌへの変化)は約3万3000年前に現在の中国で始まり、その1万8000年後からの第2段階(イヌから育成腫への変化)で、完全に飼いならされたイヌが世界中に広まり、人類の最良の友としての地位を固めたのだということです。サボライネン氏は、過去に自ら行ったミトコンドリアDNAの研究から、人類は東アジア南部で初めてハイイロオオカミを家畜化したのではないかとにらんでいました。その後、サボライネン氏の推測を否定する研究結果が相次いで報告されましたが、彼は、そうした研究はすべて中国をはじめとする東アジア南部のオオカミやイヌを調査対象に含んでいないことに気づいたのです。今回の研究で、サボライネン氏とジャン氏らは、ユーラシアのハイイロオオカミ12頭、オオカミと現代のイヌの中間にあたるアジアおよびアフリカの原始的なイヌ27頭、南北アメリカを含む世界各地のさまざまな品種のイヌ19頭のすべてのゲノムを調べました。その結果、東アジア南部のイヌ集団が、それ以外のイヌ集団とは大きく違っていることが明らかになり、今回調べたイヌの中で、彼らは遺伝的多様性が最も高く、かつ、遺伝的にオオカミに最も近かったというのです。これは、彼らの起源がより古い証拠となるものでした。今回の研究により、イヌは中国で最初に家畜化されたものの、ほかの地域に広まりはじめたのは約1万5000年前からで、まずは東アジア南部から中東やアフリカに広まり、約1万年前にヨーロッパに到達して、今日のような多様な犬種が作り出されるようになったというのです。
(ハイイロオオカミ)
約1万2千年前の老女と仔イヌの埋葬跡、屈んだ老女の左手が仔イヌの胸に添えられていました(下図)。これは、現イスラエル北部の洞窟(Ein Mallaha遺跡)で発見された、犬と人間の関係を示す最も古い証拠とされています。
ネコの起源について、米英独等の国際チームによる2007年6月の『サイエンス』誌への発表では、世界のイエネコ計979匹をサンプルとしたミトコンドリアDNAの解析結果により、イエネコの祖先は約13万1千年前に中東の砂漠などに生息していたリビアヤマネコと考えられるとのことです。研究チームを主導した米国国立癌研究所(US National Cancer Institute)のスティーブン・オブライエン博士は、最初の飼い猫は1万年前に存在しており、中東でネズミを捕るために飼われていたとみられると語りました。
(リバアヤマネコ)
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04年8月、およそ9,500年前のキプロス島のシルロカンボス遺跡(shillourokambos)から、人間と共に埋葬されたネコ科動物の遺骨が発見されました。人間の遺骨から距離が40センチしか離れていないこと、および貝殻や磨かれた火打ち石、斧などの人工装飾品が同じ場所に埋められていたことなどから、このネコ科動物は偶然人間の墓場に迷い込んだのではなく、意図的に埋葬されたものだと考えられています。エジプト文化において猫が神聖視され、神の使いとされてきたのが、紀元前19〜20世紀(今からおよそ4千年前)のことですから、キプロス島で発見されたネコ科動物の骨が、エジプトにおける猫の歴史を5千年以上先んずることになります。
ここまで、現在の考古学的な知見や分子系統学的な研究について述べてきましたが、今後の研究の進展によっては、新たなストーリーが書き加えられることもあるのかもしれません。いずれにせよ、ハイイロオオカミからイヌへ、リビアヤマネコからネコへ、その進化の過程では、ヒトの人為的選択が大きくかかわっていたはずです。人にとって好ましい「従順で、人馴れしやすい」性格の個体を残し、繁殖するということが延々と繰り返されていたに違いありません。その「従順で、人馴れしやすい」性格の個体とは、とりもなおさず幼い個体であり、大人になっても幼さの残る個体は、実際に存在するのです。動物において、性的に完全に成熟した個体でありながら非生殖器官に未成熟な、つまり幼生や幼体の性質が残る現象のことを幼形成熟(=ネオテニー)といいます。子犬、子猫の人をちっとも恐れない、好奇心旺盛で快活な行動は、いつ見ても微笑ましいものです。そんな性格を持ち続けるオオカミやヤマネコを人為的に選択し続けた結果、イヌやネコが出現しても、何の不思議もないと感じるのは自分だけでしょうか。
驚いたことに、実は人類もネオテニーだという説があります。チンパンジーの幼形が人類と似ている点が多いため、ヒトはチンパンジーのネオテニーだという説です。しかも、ネオテニーは進化の過程に重要な役割を果たすというのです。なぜならネオテニーでは、体の各種器官の特殊化(=発達)の程度が低く、特殊化の進んだ成体器官よりも環境変化に適応する柔軟性が高いからです。
1万年以上前に、ヒトとイヌやネコが一緒に暮らし始め、ネオテニー同士、柔軟にお互いにうまくやっていけるようにと、共に進化し続けたのです。そして、そのうまくやっていくための進化を担ったのがオキシトシンだということも分かってきています。(オキシトシンの話/(Mar’15)「幸せホルモン」の話をご参照ください。)
人の良き仲間として共に暮らす動物たちのことを、「伴侶動物(=Companion Animal)」と表現することがあります。ヒトとイヌたちやネコたちの間には、幸せな関係を培ってきた1万年以上の歴史が横たわっています。「人と動物の絆(= Human Animal Bond)」という言葉の奥底には、そんな有史以前からの進化の歴史が隠されているのですね。
(文責:よしうち)
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