猫学

「まったりフェロモン」の話

「まったりフェロモン」の話

「まったり」という言葉をご存じでしょうか。

「まったり」はもともと京都の方言で、「まろやかでこくがある」という味覚表現として使われており、京都の伝統的な食文化の中で発達しました。この言葉が1980年代のグルメ漫画『美味しんぼ』で高級食材や料理の味わいを表現する際に頻繁に使われ、読者の間で広まりました。

さらに、『おじゃる丸』では主人公が気分や態度を表す表現として「まったり」を使い、これが若者を中心に流行しました。現在では、心理学の分野で「まったり時間」という概念も提唱され、ストレス緩和のためのリラックスタイムとして注目されるなど、単なる言葉を超えた文化現象になっています。

面白いことに、この「まったり時間」の概念は英語圏にも存在します。chill out(チルアウト)やchill down(チルダウン)と表現される「のんびりしよう」「リラックスしよう」といった言葉です。

ノリノリのダンスミュージックが流れるクラブには、ダンスで火照った身体を冷やす Chillout Room(チルアウトルーム)と呼ばれる、冷房が効いていて、スローテンポの音楽が流れ、ゆったりくつろげるソファーのある部屋があるのだそうです。

この「まったり時間」や「Chillout Room」ですが、そもそもの元祖は猫たちといっても良いでしょう。獲物を狩って食べるときやなわばりをパトロールするときを除いて、1日の多くの時間をchill outして、まったりと過ごしたいのが猫たちなのです。

人間の「Chillout Room」は、空調、スローテンポの音楽、ゆったりくつろげるソファーなどのツールによってリラックスできる空間を生み出していますが、猫の「Chillout Room」は、F3というフェロモンで満たされることによって作り出されます。F3フェロモンは顔面を擦り付けたときに分泌されるフェロモンです。

顎、唇、頬の皮脂分泌物からF1F5まで5種類の猫の顔面フェロモンが特定されています。F1F5の化学成分は特定されていますが、その役割はまだ明らかになっていません。F2F4は領域のマーキングに関連していて、それぞれに個別の特徴を持っています。

F2はオスの交尾行動と関連して分泌され、お目当てのメスの周りの物に顔を擦り付けることで、交尾をより容易に達成できるようにします。

F4は「allomarking pheromone」と呼ばれ、猫同士が互いに体を擦り付けあったり(allorubbing)、互いにグルーミングしあったり(allogrooming)する際に分泌されます。この行動は仲の良い猫同士 や、信頼している人間に対して行われ、F4を擦り付ける相手が馴染みのある存在であることを示し、猫同士が衝突を起こす可能性を低くしています。

F3は匂い擦り付け行動(scent rubbing behaviours)の際に分泌されるもっとも一般的なフェロモンで、猫が環境の中で自分の位置や周囲との関係を把握する上で重要な役割を果たしています。つまり、F3は縄張りを示すサインの働きをしていて、猫は頻繁に使う場所をマークします。F3があることで猫は落ち着き、F3の匂いに近づくことで安心感が高まり、居心地が良くなり、不安が軽減されます。

「まったり時間」が大好きな猫は、「Chillout Room」を作るために、自分の居場所の壁(特にコーナー)や家具にしきりに匂い擦り付け行動を行い、空間をF3の匂いで満たすのです。そして、F3に包まれてまったりと時間を過ごすのです。「顔面フェロモンF3=まったりフェロモン」という理由をご理解いただけたでしょうか。

F3は合成に成功した初めてのフェロモンです。合成されたF3によって、猫のストレスや過度なグルーミングなどの行動が軽減され、遊びや食事といった健康的な行動が促進されました。

それ以降の研究では、短距離輸送関連ストレスへの影響が調査され、丸まり、動けなさ、鳴き声などのストレス関連行動が減少することが明らかになりました。

また、好ましくない匂いつけ行動である尿の噴霧や壁や家具での爪とぎを防ぐためにも使われ、対照研究でこの合成フェロモンが爪とぎ行動を抑える効果が示されました。

獣医学文献では、合成されたF3を猫が頻繁に訪れ休む場所に配置することを推奨しています。これは、至近距離にある自然のフェロモンが苦痛を軽減すると考えられているためです。また、動物病院で猫のベッドやケージ、タオルにスプレーしてストレスを軽減することも推奨されています。(「Cattitude(猫に対する正しい姿勢)を向上させよう!」参照)

この「合成フェロモンF3」=「まったりフェロモン」=「Feliway Classic」は、国内では1998年から利用可能となっています。すでにその効果を実感された方もそうでない方も、改めて愛猫の「まったり時間」を考えてあげてみてはどうでしょうか^^

(文責 吉内)


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