「ネコの膵炎アップデート」の話
今月のコラムのタイトルは、「ネコの膵炎アップデート」なのですが、実はいままで「猫の膵炎」を本コラムのテーマにしたことはありませんでした。関連した内容では、
「犬の膵炎」=「嘔吐」の話(https://so-amc.com/column/162/)
「猫の三臓器炎」=「三臓器炎」の話(https://so-amc.com/column/300/)
を掲載しています。
猫の膵炎は、診断や治療、またその原因についても、確固たるものが乏しい、漠然とした疾患だったと言ってもよいでしょう。2021年にACVIM(アメリカ内科学アカデミー:著者訳)が、膵炎に関する様々な知見を集約し、その時点で明確になっていることを整理したコンセンサスステートメントを発表しました。背景にはIDEXX社が膵炎の診断指標とされるSpec fPLを市場投入したことも関係したかもしれません。
曖昧な診断ではなく、それなりにエビデンスのある膵炎の診断が行われるようになると、日本では、ゼンヤク工業がブレンダZを犬用膵炎治療薬として発売し、猫に対しての使用を獣医師の裁量権で行うといったケースも出始め、臨床の現場で耳にする疾患の一つに昇格したといった感があります。
膵臓とはどんな臓器なのでしょう。上腹部の背中側で胃と十二指腸に接して存在し、消化酵素を含む膵液を分泌する外分泌系の臓器で、右膵葉、左膵葉、膵体部から成り、糖代謝に関連するホルモン(インスリンなど)を分泌する内分泌系の領域(膵島=ランゲルハンス島)が浮島のように点在しています。
この内分泌系に障害が起きれば糖尿病、外分泌系に傷害が起きれば膵炎ということになります。あえて膵炎に「傷害」という用語を充てたのは、変換ミスではありません。
そもそも膵臓はタンパク質でできており、膵液にはトリプシンというタンパク分解酵素が含まれているのですから、そこには自家消化を回避する仕掛けがないはずがありません。
膵液を分泌する腺房細胞内にはチモーゲン顆粒という脂質・糖質・タンパク質を分解するそれぞれの消化酵素を貯蔵した顆粒があります。このうちタンパク分解酵素であるトリプシンはトリプシノーゲンという前駆体の形で貯蔵されており酵素活性がありません。腺房が分泌刺激を受けるとチモーゲン顆粒の中身が分泌され、膵管を通して十二指腸に放出されます。放出されたトリプシノーゲンは十二指腸粘液に含まれるエンテロキナーゼによってトリプシンとなり活性化するのです。
膵炎は、チモーゲン顆粒の中にあるトリプシノーゲンが、何らかの原因で活性化することで始まり、膵臓自体を消化し炎症を起こすことにより生じます。
急性膵炎と慢性膵炎に分類され、急性膵炎は可逆的な炎症ではあるものの重度の膵炎が多く、慢性膵炎は不可逆的な病理組織学的変化(線維化)を来すものの軽度の膵炎が多いとされています。重度の膵炎では、広範な膵臓壊死、多臓器障害、さらには多臓器不全など全身性の重篤な合併症を伴います。
また、猫の膵炎は年齢、性別、品種による素因はなく、95%は特発性で原因を特定することが困難とされていますが、猫に特有の三臓器炎を構成する疾患の一つであることは覚えておく必要があるでしょう。(本コラム冒頭のリンクを参照ください。)
症状としては、元気がない、食欲不振、嘔吐など非特異的なものが多いこと、慢性膵炎が多く、無症状、または間欠的で軽度の症状しか認められないことが多いというのも、猫の膵炎の特徴です。
したがって、何となく元気がない、食欲がないという猫から、膵炎という診断を導き出すのには、身体一般検査、一般的な血液検査や画像診断、併発症の有無などの積み重ねの上に、膵炎に特異的な検査に進む必要があります。
IDEXX社が提供するspec fPL(定量的)やSNAP fPL(定性的)検査は、膵臓に特異的なリパーゼを免疫学的に検出する検査で、全身麻酔を必要とする膵臓のバイオプシー以外に確定診断に至る検査はないとされていた時代を思えば福音といえますが、結果が基準値範囲内であっても、必ずしも膵炎を完全に除外することはできません。最終的には、総合的な判断に基づいて診断することになります。
このように分かっていないことも多い膵炎ですが、昨年11月に発表された論文で、Michael D. Dulude DVM, Sara L. Ford DVM, DACVIM, and Heather Lynch CVTらは、2017年10月1日から2022年10月1日までに専⾨病院を受診した154頭の猫を対象とした回顧的レビューを行い、膵炎群とコントロール群を比較しています。
■ 膵炎群はIRISのCKDステージが有意に高く、腎梗塞、糖尿病の有病率も明らかに増加していた。
■ 膵炎群におけるステージ2〜4のCKD、腎梗塞、糖尿病の有病率は、コントロール群と比較していずれも有意に高かった。
■ 食事内容による両群間の比較について、膵炎群ではコントロール群と比較して有意に多くの猫がドライフードのみを与えられていた。
上記の3点が統計として導き出されています。著者らは、猫の膵炎はCKD(慢性腎臓病)の有病率増加と関連しており、腎梗塞あるいは糖尿病の有病率増加にも関連している可能性があると報告しています。また、缶詰を含む食事と膵炎の有病率低下やCKD発症の予防との関連性 についても言及していて、ドライフードに慣らされてしまった猫たちの生活に向けてのアンチテーゼとして、相当なインパクトがあります。
https://avmajournals.avma.org/view/journals/javma/262/5/javma.23.11.0615.xml
「ドライ派のネコは慢性脱水」の話(https://so-amc.com/column/724/)
ドライフードは栄養的に安心で利便性や経済性も高く、猫の食事のゴールデンスタンダードになって久しい馴染みのあるものですが、ここにきて慢性脱水や慢性腎臓病、慢性膵炎との関連が取り沙汰され、理想的な猫の食事について再考を迫る機運が湧き上がってきた気がします。
世界的に見ても稀な、「ちゅ~る」をはじめとする猫のための特殊な食べ物市場が形成されている日本。次代の「ニャンコ飯」は日本から生まれて来るのかもしれません。
(文責 吉内)
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