「顔ヘン」の話

「顔ヘン」の話

 先日、不覚にもこの冬初めての風邪をひいてしまい、マスクを着けて診察をした。自分の体調もスッキリせず、マスクを装着しての診察は声が聞き取りにくいのか、どうも飼主さんの反応が鈍いというか堅いというか、一向に診察の調子が上がらない。こりゃまずいなと思いながらトイレへ行ってマスクを外し、うっかりそのまま次の診察に入ってしまった。

 風邪を移しては申し訳ないと思いつつ話し始めると、どうしたことか診察の調子が戻っている。「???」という感じだったが、多少込み入った話になってもそこでにっこり笑うと問診がスムースに進んでいく。自分の表情がマスクで隠されているのが良くなかったとようやく気付いた。「目は口ほどに物を言い」とはいうけれど、話をするときの口角の位置や口の開き方は顔全体の印象に大きく影響していたのだ。「この仕事、風邪をひいたらあかんなー」と痛切に感じたのだった。

 その表情に異常をきたす病気がある。コッカースパニエルに多いとされているがどの犬種にも起きるこの病気、特発性顔面神経麻痺と呼ばれるもので、たいていが単神経障害(単一神経を侵す疾病)つまり顔面神経のみが障害されるだけで他の神経への障害はない。特発性とは原因不明という意味で、犬の顔面神経麻痺の75%を占めるとされ、腫瘍や外傷など、原因がはっきりしていることの方が少ない。

 「うちの子、フードを食べるときに片側からボロボロこぼすし、よだれは垂れるし、なんだかおかしいんです。」という訴えから始まることが多い。
 その子がコッカースパニエルだったりするとたいていは顔面神経麻痺で、顔を真正面から見ると、患側の唇が正常側よりもずいぶん垂れさがり、まぶたは瞬きできずに見開かれたままで、正常側のまぶただけがぱちぱち瞬きをくりかえしている。モンタージュ写真よろしく右半分を隠した顔と左半分を隠した顔とではまったく別の犬のように見える。つまり突然に顔面表情筋の麻痺が起きる病気なのだ。左右いずれかもしくは両側に起き、姿勢反応に異常が無ければ末梢性の顔面神経麻痺ということになる。

 治療はというとごく初期にステロイドが有効との意見もあるが、実際には自然治癒に任せる以外、これといった手立てはない。神経賦活作用を期待してビタミンB群を投与するくらいだろうか。それでも3〜6カ月の間に50〜70%の自然治癒が期待できる。

 大切なのは自然治癒に至る間のケアかもしれない。
 瞬きができないのだから患側の眼球が乾燥して大変なことになりそうだが、そこは良くしたもので、眼球を覆う涙の膜が壊れてくると角膜上皮が痛みを感じ眼球後引筋が収縮して眼球を奥の方へ引っ張る。すると自動的に瞬膜が角膜を覆い涙を補給するのだ。(瞬膜については本欄バックナンバー・瞬膜突出/(Jul’01 )「 三つめのまぶたの話」、・瞬膜腺突出/(May’05 )「チェリーアイの話」をご参照ください)
第3のまぶたがなんとか瞬き機能を肩代わりしてくれる。回数がうんと少なくなる分ワイパーとしての働きが低下するので眼ヤニが増えたり結膜炎を起こすこともあるため、抗生剤の点眼を使用する方が安心だ。
 物を食べるのにも多少の不自由が付いて回る。舌は正常に機能し、嚥下にも問題は発生しないのだが、物を口に溜めるということがうまくいかない。正常側に食べ物をうまく運べば普通に食べられるが、患側に行った食べ物はボロボロとこぼれることになる。両側の麻痺ではさらに難儀になる。手から物を与えるというまさに手助けが必要なこともある。水は舌で何とか飲めるのだが、飲む量と同じくらいを周りにこぼしてしまうかもしれない。

 そんなこんなで不自由な生活を余儀なくされるものの、そんな生活にも慣れて楽になってきたかなと動物も飼主さんも感じてきた頃、「あれ、楽になってきたのは少しましになってきたからじゃない!?」とふと気付くのだ。完全に回復するか、表情に少しコワバリがあるか、多少の麻痺が残るか、いずれにせよほぼ普通の生活には戻れるものなのだと、飼主さんに安心して頂くようお話をすることが多い。人では表情筋の委縮を防ぐために顔のマッサージが勧められ、マッサージのマニュアルまで存在するのだが、今のところ動物用のマニュアルはない。

 毎月、外耳の処置に来てくれているコッカーのソラちゃんが去年の9月にこの特発性顔面神経麻痺を発症した。お母さんには「日にち薬ですよ」とお話しし、熱心にケアして頂いて、ようやく年明けくらいから改善がみられていた。
 ソラちゃんには毎月の外時処置の後、診察室を嫌いにならないでねと自分の手からチキン味のデンタルペーストをご褒美にあげていたのだが、この病気になってから処置後の嬉しそうな表情もいまいち冴えなかった。
 「きっと良くなるからね」と心の中でつぶやきながらペーストをあげる月が続く。そしてついに今月、笑顔が全開(全快)した! 両頬に満面の笑みをたたえ処置後のペーストにとびついてくれたのだった。
 「よかったですね」とお母さんに声をかけたその横で、元に戻った唇をさらに引き上げて、ペーストのおかわりをねだるソラちゃんの顔が自慢げに笑っていた。

(文責:よしうち)


大阪市の南大阪動物医療センター

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