循環器

「ズービキティ(Zoobiquity)とは~猫HCM(肥大型心筋症)の再解釈」の話

「ズービキティ(Zoobiquity)とは~猫HCM(肥大型心筋症)の再解釈」の話

「どうしてこの子はこんな病気になってしまったのでしょう?」

難治な疾患の診断を伝えたときに、ご家族の方から漏れる言葉に落胆の気持ちが滲みます。

「がん」を筆頭に「どうして?」に明解な答えのない疾患も多く、多くの研究者が様々なアプローチを試みているのが現状です。

2008年にバーバラ・ナターソン・ホロウィッツ博士の提唱したズービキティ(Zoobiquity=汎動物学と訳されています)は大変にユニークで、今後の進展に大きな期待が寄せられています。

ズービキティとは、ヒトと動物の病気を別々に捉えるのではなく、その共通性と多様性から生命現象や疾病の本質を理解しようとする取り組みです。獣医学と医学を統合し、「種の壁」を超えて健康と疾病を探求する学問です。

あまりに漠然とした説明で、「なんのこっちゃ」と思われた方も多いかもしれませんね。

バーバラ・ナターソン・ホロウィッツ博士は、進化医学(Evolutionary Medicine)と比較生物学を基盤に、人間の疾患を「動物界全体の進化的文脈」から理解する研究を牽引する医師であり進化生物学者です。現在は Harvard Medical School と UCLA の両方で研究・教育を行い、心血管疾患・精神疾患・腫瘍・老化・女性医学などを「生命の系統樹(Tree of Life)」全体から再解釈するプロジェクトを多数主導しています。

現在の彼女の研究テーマは以下のようなものです。

A|進化医学の基盤構築

Harvardの Phylogeny Lab を中心に、以下の領域で「進化的トレードオフ」を解析:

  • 心血管疾患(不整脈・心筋症・血栓形成)
  • 女性医学(乳腺・卵巣・子宮の腫瘍、妊娠高血圧)
  • 精神医学(不安・社会的階層性・ストレス反応)
  • 眼科疾患(白内障・緑内障の進化比較)

B|動物界における「平等・不平等」の生物学

  • Mechanisms of equality and inequality in mammalian societies(2023) → 社会的階層性の進化的メカニズムを解析し、人間社会の精神医学・行動科学へ応用。

C|精神疾患の進化的理解

  • 2025–2026の講義・論文では、 「精神疾患を動物の行動進化から理解する」 という新しい研究軸が強調されている(例:若年期の行動発達、ストレス反応の系統比較)。

D|比較循環器学

  • 不整脈・心筋症・心不全の「系統比較モデル」を構築し、 ヒトの心疾患の新規バイオマーカーや治療標的探索 に応用する研究が進行中。

さらに「なんのこっちゃ」が高じてしまったかも知れませんね^^

そこで、自分たちに馴染みのある猫の肥大型心筋症(HCM)の研究において、彼女が進化医学的にどのように考えを進めていったのかを、覗いてみることにします。

進化医学では、疾患を「異常」ではなく 進化的トレードオフ*の結果 として理解します。

(トレードオフ*:代償、ジレンマ、相反する要素)

猫HCMの場合:

A|心筋の肥厚は、進化的には“高出力・高機動性”の適応形質

B|家猫の生活環境(低運動・高栄養)では過剰適応となり病態化

C|遺伝的ボトルネック(品種化)が、進化的制約を強調し病気として顕在化

このA~Cを軸として、猫HCMは 「進化的に有利だった形質が、環境変化で不利に転じた例」 として解釈できる、ということらしいのです。A~Cの詳細は以下。

A|系統比較(Phylogenetic Comparative Medicine)

猫は哺乳類の中でも「高機動性・捕食者」として進化してきたため、 心筋の瞬発力を高める方向の進化圧が強い。

  • 猫の心筋は、鳥類や小型肉食獣と同様に 高収縮能・高壁厚傾向
  • この進化的背景が、MYBPC3変異の影響を増幅しやすい
  • つまり、猫は「心筋肥厚が起こりやすい系統的素因」を持つ

→ HCMは“猫という系統の心臓の弱点”として理解できる。

B|環境ミスマッチ(Mismatch Theory)

進化医学の重要概念: “進化した体が現代環境に適応していない”

猫HCMでは:

  • 野生の猫:高運動・低栄養 → 心筋肥厚は有利
  • 家猫:低運動・高栄養 → 肥厚が過剰となり病態化
  • 肥満・高血圧・ストレス → 進化的に想定されていない負荷

→ 家猫の生活環境は、猫の進化した心臓にとって“ミスマッチ”である。

C|遺伝的ボトルネック(品種化)と進化的制約

Nature Scientific Reports(A31P変異)では、 メインクーン・ラグドールなどの品種化が遺伝的制約を強めている と示されています。

  • 品種化=人工的な遺伝的ボトルネック
  • 進化的には多様性が病気の発症を抑えるが、 多様性の喪失は“進化的脆弱性”を増大させる

→ 猫HCMは「進化的脆弱性が顕在化した疾患」として再解釈できる。

いかがでしたでしょう?

「ズービキティ」のこと、何となく分かっていただけたでしょうか。

猫HCMの例では腑に落ちることばかりで、進化医学的再解釈の素晴らしさが際立っていますね。

さすが、ズービ「キティ」ちゃん!

(文責 吉内)


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